まもなく1年

西日本豪雨

西日本豪雨から1年経つ。

伝えたい自分と忘れたい自分がいる。

ある日、「伝えられなかった」という夢を見て、正夢にはしたくないという思いから

とりあえず、逃げるときに持って逃げたものを書いておきます。

なお、小さなショルダーバッグしか持てませんでした。(ザックは車に入れており、水没)

  • 懐中電灯2個(小型電池のランタン。大型単1電池の電灯=手持ちしていたが、避難時に自衛隊の船においてきた)
  • 現金
  • 通帳、印鑑、必須のカード類数枚、運転免許証、財布 これらをコンビニのレジ袋に入れて持つ。
  • ラジオ
  • スマホ(アームバンドにつけた)
  • カッパ 黄色のカッパ(ヤッケ)

 私は岡山県倉敷市真備町有井にて豪雨災害に遭いました。朝6時半、雨は止んでおり、避難しようかとしていたところで川の堤防が切れて逃げられなくなりました。家の2階へ避難し、救助の手を待ちました。その後、自衛隊ボートでまび記念病院へ移動。翌朝川辺宿駅へボートで避難して、総社市の避難所へ避難しております。その後、片付け等して現在に至ります。単身赴任状態。

 「君の名は。」ではないですが、その時のことはだんだんと忘れかけているようです(人間は忘れる生き物。これは生きる上では良しとすべきことと思います)。でも、先週の雨が怖かった。すこしづつですが、かける範囲で、メモ的に書いていこうかと思います。